大判例

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旭川地方裁判所 昭和48年(わ)81号 判決 1973年11月29日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

ただし、この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。被告人から、金一九〇、〇〇〇円を追徴する。

訴訟費用(ただし、証人谷口静信、昭和四八年六月一四日証人折原勉に支給した分を除く)は被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は、大矢健連合後援会総局長として、昭和四七年一二月一〇日施行の衆議院議員選挙に北海道第二区から立候補の意思を有していた大矢健のため、同選挙区の選挙人多数に投票ならびに投票とりまとめなどの選挙運動を依頼する趣旨の演説をするなどの選挙運動をしていた者であるが、

第一  大矢健に当選を得しめる目的のもとに右のような選挙運動の報酬等として供与されるものであることを知りながら、

一、大矢健事務所事務長岩田尊雅から、別表(一)記載のとおり、同年九月二五日ころから同年一一月一九日ころまでの間前後三回にわたり、旭川市四条通九丁目右六号所在の右事務所において、戸田和子を介し、現金合計九〇、〇〇〇円の供与を受け、

二、大矢健事務所経理担当者落合隆明から、同年一〇月上旬ころ、右事務所において、現金一〇〇、〇〇〇円の供与を受け、

第二  未だ大矢健の立候補届出のない同月一一日右大矢健に当選を得しめる目的をもつて、旭川市花咲町一丁目所在友愛会館において、前記運挙区の運挙人である別表(二)記載記載の石田慶信ほか一一二名に対し、大矢健のため投票ならびに投票とりまとめなど選挙運動をすることの報酬として一人当り約一、一三六円相当の酒食の饗応接待をして、立候補届出前の運挙運動をしたものである。

(証拠の標目)省略

(弁護人らの主張に対する判断)

一選挙運動と後援会活動の区別等

弁護人らは、選挙運動の概念およびこれについての判例の解釈が不明確で、その結果とくに選挙運動と後援会活動との限界があいまいとなつているから、右の概念を含むところの供与罪、受供与罪、事前運動罪の構成要件は罪刑法定主義ないしは懲法三一条に違反する旨主張する。

現行法上選挙運動の意義を明示した規定はなく、選挙運動の意義について大審院および最高裁判所が一貫して弁護人ら指摘のような見解を示していることは、三井弁護人の弁論引用の判例のとおりである。しかしながら、少くとも買収の罪および事前運動の罪の構成要件に用いられる選挙運動の意義については、いやしくも選挙運動の意義については、いやしくも選挙運動につき金銭その他の財産上の利益を授受することが選挙の自由公正を害する度合において最も甚しくこれを禁遏する必要が強いこと、または、常時選挙運動が行なわれることによる各種弊害を防止し選挙の適正な執行を図るといつた立法趣旨からして、広く解釈されて然るべき合理的理由があり、また、この解釈は大審院以来繰り返し最上級の裁判所の示してきた判例であつて選挙運動の概念が広くとらえられていることは一般国民にもおおよそ知れ亘つていると解されるばかりでなく、少くとも法律家および選挙関係の実務家の間では常識になつている事柄であつて、自己の行為が選挙運動に当るか否かについて危惧の念を持つ者は法律家または選挙管理委員会等の助言を求めればそれが禁止されているものか否かを容易に知ることのできる状態にあるから、選挙運動という概念が用いられあるいはそれが広く解釈されているからといつて買収の罪および事前運動の罪の構成要件が罪刑法定主義ないしは憲法三一条に反するものということはできない。

次に、弁護人らは、本件のような後援会活動は地盤培養、政治活動として、また当選を得しめる目的が客観的に現われていないものとして運挙運動には当らず、とりわけ被告人のした行為は客観的な投票依頼行為に属さないものであるから選挙運動とは認められるべきでない旨主張する。

当裁判所の見解によればある行為が法律上許された後援会活動であるか選挙運動に当るかは、その行為が後援会活動という名前で行なわれたか否かによつてではなく、その行為の実質が投票の依頼、投票のとりまとめまたはその依頼の趣旨を含むものであるかによつて決すべきであると考えられる。これを本件についてみれば、前掲各証拠によると、本件の後援会作りは、別件被告人岩田尊雅が大矢健事務所の事務長に就任した昭和四七年四月末ころからにわかに活発となり、オルグと呼ばれていた人々の大部分もそのころから傭われはじめ、右事務所の最高幹部の一人であつた被告人の協力のもとに岩田尊雅の指揮命令により組織的集中的に行なわれたこと、当時はすでに衆議院が年内か遅くとも翌年早々には解散になることが予測される状況にあつたこと、大矢健は当時すでに次の衆議院議員選挙に立候補する意思を有しており被告人もこれを知つていたこと、後援会作りは北海道二区の区域内に限られ、同区域内において全域にわたつて網羅的計画的に行なわれていること、本件の後援会活動に大矢健を次期衆議院議員選挙に当選させる目的があつたことは事務所発行の機関紙「健風」に掲載された客観的資料たる被告人や岩田尊雅らの手記においても明瞭に示されていること、後援会作りは、被告人、前記岩田尊雅、別件被告人坂東徹らごく少数の被後援者たる大矢健の支持者とオルグと呼ばれていた人々の手により、特定の政治団体からの資金をもとに多数選挙人に対し積極的一方的に働きかけるという形で行なわれていること、後援会の役員あるいは一般会員として勧誘を受けた人々のほとんどは従前大矢健と何の関係もなく、かつ、将来においても格別の利害関係を生じそうにない者であつたこと、勧誘の主たる方法は、大矢健の表示を含む名刺を持参するなどして大矢健後援会を名乗つての家庭訪問、準備会、結成大会、拡大大会などと銘うつた各種会合において、時と場所によつて異るが、大矢健自身による自己紹介、抱負の披瀝、被告人、前記坂東徹らによる大矢健の人物、抱負等の紹介、これらの者または地元有力者らによる後援方の依頼、大矢健が国会議員を目指していることをうかがわせるバンフレットや大矢健の表示ある物品の提供といつた形で行なわれたことなどの事実が認められ、これらの事実を総合すれば、本件の後援会活動が今回の選挙において大矢健を当選させるための投票依頼、投票とりまとめあるいはその依頼の趣旨を含んでいたことは客観的にも明らかであつて、もはや許された後援会活動の域をこえ選挙運動に該当するものといわなければならない。そして、被告人が前記のような各種会合においてしたところの大矢健の人物や抱負を紹介し後援方を依頼する演説は、前記のような時期、会合招集の名目、会場の状況、対象者などのもとにおいては、客観的にも、大矢健のための投票ならびに投票とりまとめなどの選挙運動を依頼する行為であると認められる。

二合計金九万円の趣旨

弁護人らは、本件の合計金九万円は、後援会活動のために被告人が支出した実費の弁償として受領したものであり、少くとも被告人には報酬であることの認議がなかつた旨主張する。

しかしながら、まず、本件の全証拠を精査しても、九万円の授受についてそれが実費の弁償であることをうかがわせるに足りるような外形的状況は存しない。すなわち、金員の使途の指示ないし確認はなく、金員はその都度被告人の所持金と混同され、精算も証憑書類の提出も行なわれていない。弁護人らはこの点につき、被告人は事務所の最高幹部として多忙であり、各活動の時点において速断しなければならない等の事情のもとで一々領収証を徴するがごときことは不便であり、時間的損失であり、時には不可能である旨主張する。たしかにこの点は弁護人指摘のとおりであると解されるが、前記岩田尊雅は九万円の授受が明るみに出たときのことをおそれて別人名義の伝票を切らせるまでの配慮をしており、被告人の側においても同様のことをおそれて一時期は金銭の受領を断つたというのであるから、かかる事情のもとにおいては、もし真実実費弁償のためであるとするならば、少くとも大口の分について使途の報告ないしは証憑書類の提出等の措置がとられていて然るべきであるように思われる。また、実費として主張されている支出のうち、被告人所有の拡声装置一式の借上料相当額の支出のごときは、現実に金銭を支出したわけのものでもなく空いていたものを活用したのであるから、被告人の事業面、金銭面での大矢健との従来の親密な関係からみて、はたして当時弁償を受けるべき実費として被告人の意識にのぼつていたかすこぶる疑問であり、さらに、大矢健事務所にいたことによつて支出したという冠婚葬祭、誕生祝、各種会合等の寄付等の費用も、被告人の名前で贈られている以上は、市会議員という被告人の立場からみて、全面的に後援会活動に従事していたために余儀なくされた支出といえるか疑問である。さらにまた、被告人と費用支出の額、時期が異るはずの前記坂東徹についても同じ時に同じ額の金員が授受されていることも看過できない。被告人は検察官の取調べにおいて、相当期間金員の授受自体を否認しており、授受を認めてから後は「私は事務所にいることで現実にどの位の経費がかかるとか、その受取つた三万円を全部経費として使おうとかいうはつきりとした意識を持たずに一応預りおくという程度の気持で受取つた。、、、、、、正確に交際費がいくらかかつたかという計算をしていたわけではなかつたので、敢えて返すということまでも考えなかつた。、、、、、、いくら使つてその結果いくら余つたかということ自体意識していなかつた。、、、、、、経費とか実費とかいうことすら念頭におかないでいわば機械的に事務長から渡されるまま受取つていた。」旨の不利益な事実を承認している。以上の事情を総合すると、どう控え目に認定しても、合計金九万円は被告人の前記のような選挙運動の報酬としての趣旨を含むものであつたと認めるのが相当である。

三友愛会館で行なわれた会合の趣旨

弁護人らは、友愛会館における本件会合は、被告人の市政報告会であつて大矢健のための選挙運動を目的としたものではない旨主張する。被告人も当公廷において右のような供述をしているが、まず織田安子は検察官の面前において、本件会合の案内状を出すように頼まれた日の少し前頃事務所において、被告人から、「私の市政報告をやるにしても時期的に早いけれど、大矢健のことがあるから私の後援会の役員会を持つのだが、会場費位事務所から払つて貰わないとまかたしない。」という意味のことを聞いた旨供述している。織田安子は本件会合の案内について事務的な仕事を継続的に行い、本件会合については被告人と接触の深かつた者であること、同女が被告人に不利益なかかる事実を捏造するとは考えられないことなどからして、右の供述は極めて信用性が高いといわなければならない。また、被告人の後援会の幹事長下保由正は、検察官の面前において二回にわたり、本件会合の始る少し前に被告人から「大矢健が来ることになつているので大矢健をこの総会の席で支持するという動議を出して欲しい。」旨依頼されたと供述している。この供述も、被告人が同趣旨の指示をしたという被告人の検察官に対する供述調書中の記載、右のような動議は、下保由正が単独で考えついて実行したというよりも被告人の指示を受けて実行したという方が合理性が強いこと、証人下保由正の当公廷における供述態度等からみて、信用性が高いものといわなければならない。本件会合の実際の状況に関する証拠をみても、被告人の後援会の会員をさしおいて大矢健後援会の関係者も招待されていること、被告人が謝辞の中で、「私は大矢健事務所で働いている。私同様大矢健をよろしくお願いする。」旨の話をしたこと、大矢健は祝辞の中で、「間宮さんが私の事務所にいていろいろとお世話になつている。間宮さんの後援会を通じて私にもよろしくお願いする。」旨の話をしたこと、前記の動議が予定どおり提出されて採択されたこと、被告人が音頭をとつて大矢健の万才を三唱したことは動かし難い事実である。被告人は、検察官の面前において、市政報告会と観楓会という当初の計画に加えて、参会者が今回の総選挙に大矢健が立候補した場合には当選できるようにできるだけ応援してやつてほしいということを考えて本件の会合を持つことになつた旨の供述をしており、この供述の信用性に疑いをさしはさむべき証拠はない。さらに、被告人が本件会合に関連して大矢健事務所から一〇万円の金員を受領していることは次にみるとおりである。以上の事情を総合すれば、本件会合は、被告人の市政報告会および観楓会の趣旨のほか、大矢健のための投票依頼、投票とりまとめまたはその依頼をする趣旨をも加えて開催されたものと認めるべきである。

四金一〇万円の趣旨

弁護人らは、本件の一〇万円は友愛会館における被告人の市政報告会の祝儀である旨主張する。

被告人は当公廷において右のような弁明をしているが、まず、前掲各証拠によれば、本件一〇万円が祝儀袋に入つていなかつたことは明らかであると認められる。また、落合隆明と被告人の検察官に対する各供述調書中の関係部分の供述記載を読み比べてみると、真実純粋な祝儀として授受されたものであればその金額などからしてかなり印象的な出来事であつたはずであるのに、金員が封筒に入つていたか裸であつたかの点や金員を授受したときの言葉のやりとりについて両者の供述が矛盾したりあいまいである。被告人は検察官の取調に対して相当の期間金員の授受自体を否認しており、真実純粋な祝儀であれば金員の授受を認めると同時に祝儀である旨の弁解をするはずであるのに祝儀である旨の弁解は被告人が釈放後はじめてなされている。かえつて被告人は身柄拘束中においては検察官に対し、「私のための集りの席で大矢健に対する支持を呼びかけて貰うことで私にその意味のお世話になるという気持からくれたものと感じていた。」旨の供述をしている。さらに、被告人の検察官の面前における弁明のうち、「一応受けとつたものの後日返そうと思つていた。」とか、「返したと思いこんでいたので貰つたことを忘れていた。」旨の供述は、純粋な祝儀であるとの弁解と矛盾するというのほかはない。以上の諸事情に、本件一〇万円が授受された数日後に前記のような会合が友愛会館において持たれたことなどを考えあわせると、右一〇万円は、被告人が大矢健のための投票ならびに投票とりまとめなどの選挙運動を依頼する趣旨の演説をするなどの選挙運動をすることの報酬としての趣旨を含むものでおつたと認定するのが相当である。

五その他

被告人は、被告人が本件で検挙、起訴されたことは憲法一四条の定める法のもとの平等の法理に反すると主張する。しかしながら、被告人は単に本件の後援会活動をしたことのみによつて検挙、起訴されているのではなく、金銭受供与の嫌疑をかけられ検挙、起訴されているのであつて、右の主張は前提を欠き採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各所為はいずれも公職選挙法二二一条一項四号一号に、同第二の各所為中饗応の点は同法二二一条一項一号に、事前運動(包括して一罪)の点は同法二三九条一号一二九条に該当するところ、判示第二の所為は一個の行為が数個の罪名にふれる場合であるから刑法五四条一項前段一〇条により一罪として刑期および犯情の最も重い別表(二)番号1の石田慶信に対する饗応罪の刑で処断することとし、以上の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文一〇条に従い犯情の最も重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、公職選挙法二二四条後段に従い被告人から金一九〇、〇〇〇円を追徴し、主文掲記の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させる。

よつて、主文のとおり判決する。

(佐藤文哉)

別表(一)

番号

受供与年月日(ころ)

受供与額(円)

1

昭和四七年九月二五日

三〇、〇〇〇

2

同   年一〇月二五日

三〇、〇〇〇

3

同   年一一月一九日

三〇、〇〇〇

合計    九〇、〇〇〇円

別表(二)<省略>

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